96/10/24「浦倉山、米子不動尊ルート」

菅平高原─(1:50)→小根子岳北肩部─(1:30)→米子不動尊─(2:20)→浦倉山─(0:50)→野地平─(0:40)→パルコールスキー場

外輪山を形成する根子岳、四阿山、浦倉山、土鍋山


「確かに登山道はある」と耳にしたが、国土地理院発行の地図や、その他のコースガイドを見ても、米子不動尊から浦倉山へのコースが記載されていない。今回は昭文社発行の山と高原地図にその新ルートのコースを紹介するための調査登山である。

峰の原ペンション村から菅平グリーンゴルフ場脇に向かうと、小さな管理小屋がある。そこで入山料を支払うのだが管理人が居ないのでそのまま避難小屋経由で小根子岳北肩部をめざす。とりつきの登山道はなだらかな勾配で草原地帯が続いている。夏期にはハンググライダーやパラグライダー、冬期にはツアースキーでにぎわうそうだ。

一休みしたくなった頃避難小屋に着く。12人位が泊まれる程の小屋で、手入れも行き届き薪も備えてありなかなか快適そうな小屋であるが残念ながら水場がなさそうだ。これより分岐となり、根子岳登山道はそのまま直登、米子不動尊への道は、左に巻いていく。ササの背が高くなりしばらく展望はよくない。稜線に近づくとササ原地帯となり北アルプスや長野市を眼下にし眺望がよくなる。

稜線では四阿山と浦倉山、根子岳が外輪山を形成しているのが一目瞭然で勇壮な光景を見ることができる。これより少々足場の悪い坂を急降下する。平坦部になると、極太根曲がり竹の中を歩くコースだ(整備されて藪こぎはない)。しかし整備されていることが仇となりタケノコ採りの人々によりゴミがあちこちに散乱し、焚き火の跡さえある。傍若無人の山菜採りには怒さえ超越する。

しばらく歩くと米子不動尊瀑布の源流の沢を渡ることになるが、単管で造った橋が2カ所と、多少足場が悪いが、ワイヤーが張られていて、安心できる。いくつもの沢が合流し水量も増し両岸が狭くなった所を過ぎると、広場に出る。かつて2千名以上の住民が硫黄鉱山で暮らしていた米子鉱山跡だ。

このような場所に二千人以上の人々が暮らし小学校まであったとは、人間のバイタリシーに関心しつも圧倒される。現在では須坂市から車でこられる。米子不動尊には、夏期のみだが宿泊できる施設(現在は休憩のみ)が一軒あり、中低山登山のハイカーにとっては穴場中の穴場だろう。不動滝、権現滝の80m級の滝二本が身近に迫り観光客が見事な渓流美と紅葉を写真におさめている。昼食をとり鉱山跡を30分ほど散策し浦倉山をめざす。

先ほどの沢が狭くなった所に分岐がある。これより浦倉山への登山道は地図やその他のコースガイドにも記述されてなく藪こぎを覚悟していたが、最初の急登がきついくらいで後は整備もよくあっけないくらい優しい道である。樹林帯の中の沢で水を補給し登り上げていく。これほど整備された道が、どの地図やガイド書にも記述されていないのが不思議である。快適に樹林帯を登り上げると浦倉山の北鞍部に出る。これより浦倉山山頂をめざす。

浦倉山山頂では稜線沿いに四阿山に向かうコースと野地平に向かうコースに分岐している。今回は野地平に向かう。樹林帯の中をどんどん下ると野地平にでる。木道が整備され周回コースもあるが、そのままパルコールスキー場を目指して降りてゆく。

根子岳から小根子岳北肩部間だけコース整備すれば四阿山外輪一周コースが出来上がる。登山道が整備され大勢の登山客が来ればそれだけリスクがかかるのは当然である。しかし大規模な工事を行わないですみ、そこの自然を大勢の人々に知ってもらい自然環境の大切さを理解してもらうのも自然保護の一環ではないだろうか。尾瀬や上高地のように自然が破壊されるのは日本人独特のブランド志向で集まる人々で、良心的な登山者でないことと信じたい。

関連項目:02/08/18「祝!小根子岳~小根子北肩(通称ザレ岩)開通」
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