97/06/01嘆き

 最初に云っておきたい。これは誹謗中傷の類でも愚痴でもない、これは「嘆き」だと。なんともやりきれない、この村は変だ、なによりも村民がそのことを自覚していないことが恐ろしい。


 私はこの村の住民でありその住人であることに誇りを持ちたい。「愛国精神」とは無縁の。村の物理的な自然環境にはとても満足している。だからこそここに来たのだ。


 しかしながら・・・。自殺者が多すぎる。「過疎の村だから全国的な傾向だ」と云われるなら、統計を調べていない私には反論のしようがない。自殺者の統計はその身内の恥じ入る心理から正確な統計が取りづらいからだ。なぜ恥じ入るのだ!人が自らの意志で命を絶っているのに!そこに何かのメッセージを感じないのか?。


 昨年は老人が、つい最近も20代の青年が、世帯数18戸足らずの小さな集落で、そして今年の冬近在の中学生が登校途中友人達のみている前で橋から身を投げた。もうこれは異常としか云いようがない。


 私も当初は「孤独」「病苦」「絶望」などと醒めた目でみていたのだが、このような状況は「村の病」とはいえないだろうか?病は発病してから初めてわかるものであるが、それを客観的にみて「病」と診断しない限りその対策はとれない。まして心の病は社会が複雑になるほど単一的で対処の方法が多岐にわたる。難しい問題だ。


 だからと言ってそれを何もなかったこととして捉えてよいものだろうか?「過疎の村で地縁血縁が濃いから穏便に済ませよう」等とはもう云えない段階に来ていることは・・・。


 このような症状は社会的な心理学としての「風土病」、そしてその治療方法は古来よりの万能薬「理解」では?


Date: Tue, 21 Oct 1997 From: Hayasi   死亡統計では、全国で自殺者は約2万人という数字を見たことがあります。しかし、統計は分母が大きくならないと、偶然が作用する要素が大きく意味を為さなくなります。 自殺をするからには、相当の理由が有るとは思いますが、「風土病」とは思えません。穏便に済ませず原因を探求するのは必要だと思いますが。重い問題ですね。

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