97/12/18近年の遭難から推測するガラン沢考

 ガラン・・・「伽藍堂」「ガラガラ」「ガラ場」、名から想像するならこんな所か?


 地元では「魔の沢」「人喰い沢」等と呼ばれている。だが、そんなに恐ろしい沢でもない。


 確かに「ガラン」の核心部は人を寄せ付けない厳しい様相を呈している。その自然の雄大さに人はおののき敬虔になったのでしょう。実際、過去に大勢の人が、ガラン沢で遭難しています。しかし、その大半は自からガラン沢に入渓しようとしたのでなく、知らないうちに迷って入渓してしまうケースが大半なのです。


 その実例として昭和40年から62年までのガラン沢での遭難記録を下記に表記します。


                        (志賀高原救助隊のあゆみより抜粋)

発生時刻 区分 人数 原因 救助区分
40.05.27 仕事中 天候の急変、吹雪 死亡1
42.04.30 ゲレンデスキー コースを誤る 救助2
43.05.02 ゲレンデスキー コースを誤る 救助4
44.04.01 ゲレンデスキー スキー技術過信 救助1
44.05.03 ゲレンデスキー 方向を誤る 救助5
44.06.25 タケノコ採り 地形の過信 救助2
45.12.25 仕事中 吹雪のため 救助1
48.01.15 ツアースキー 地理不案内 救助1
49.04.16 ゲレンデスキー コースを誤る 救助2
49.12.31 ゲレンデスキー コースを誤る 救助1
51.12.17 ゲレンデスキー コースを誤る 救助1
55.03.28 ゲレンデスキー コースを誤る 救助1
59.07.14 タケノコ採り 地理不案内 救助1
60.01.10 ゲレンデスキー スキー技術過信 救助1
61.02.21 ゲレンデスキー スキー技術過信 救助3
61.11.05 登山 登山道不整備 自力脱出2
62.06.24 タケノコ採り 地形の過信 救助1

 各遭難記録の詳細はここでは紹介できないが、傾向として冬季間の遭難が多数である。しかし、スキーでの遭難で、”コースを誤る”原因では、ゲレンデのコース整備を努力した結果、昭和55年以降では発生していない。しかしながら、新雪を求めて故意にゲレンデから外れて遭難するケースと、タケノコ採りに夢中になり自分の居場所が分からなくなり遭難するケースにはその後も続発し対応のしようがない。


 唯一、特出し、注目すべきは、昭和61年11月5日の登山者の遭難例である。”志賀高原救助隊のあゆみ”では、

5日朝、草津を出発、ガイドブックを頼りに大沼池-赤石山-野反湖のコースを登山したが、山道の欠落、風倒木などで道に迷い、野反湖付近で吹雪に遭い視界も悪く、クマザサの中で一夜を過ごした。翌日11時家族から5日夕方に帰宅するはずの2名が帰らないと、長野原署に届けがあり、要請を受けた中野署も準備を進めていたが、0時20分群馬県六合村長平地籍の民宿にいると自宅に電話があり、捜索を解除した。」とある。


この幸運な事例では、
 1、”自力脱出2名”と、ある通り、元々登山で入山しているのだから、”遭難した場合”を想定した装備、行動があった。
 2,この2名は草津町の人であり地元の地形に馴れていた。
 等の推測が成り立つ。が、彼らはガイドマップを基に入山していた。この事実は現代において観光町村を目指す町村なら最も注意しなければならない事柄と認識すべきである。何故なら、
 2-1,ガイドマップ(市町村発行の観光マップも含め)の発行者に、→(調査した時期を明記し、読者に山のその後の状況変化を喚起し注意することを怠った。:山、地勢、の状況はすぐ変化します。)
 2-2,登山道管理者に、→(登山道の整備、修復、現状報告を怠った。:このルートは昭和54年8月30日以来なんの整備もしていない。)(平成9年10月現在、ルートの復旧整備完了。道標などの整備は未完了。)


 共に、管理者としての過失責任が問われるからだ。


幸いというか、この事例に関して何のクレームも無かったようだ。”遭難者が近在の人だったから?” 「ラッキー」と云うほか何もない。


 少々「近年の遭難から推測するガラン沢考」からよこみちに逸れたが。とにかく「それなりの知識と経験と体力があれば誰でも入渓出来るんです。」「恐ろしい沢ではないんです。」と云いたかったのです。


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