98/02/08立入禁止

 国立公園=利用者を楽しませる為に国が直接管理する地域。


  欺瞞だぁーーーーっ!


 私は、その地域にいかなる理由であろうと一国民を”立入禁止”とは横暴であると考えます。そもそも民地と官地の違いは?、その仕組みが何時どの様な理由で発生したのか?歴史をひもとけば明らかです。どんなにそれらしい理由を付けて、その時点で民衆を煙に巻こうとも歴史に残った事実は隠せないのです。


 他にも、第一種特別地域、森林生態系保護地域、保存地区(コア・エリア)、保全利用地区(バッファー・ゾーン)等がありますが。私にはどこからどこまでがその地域なのか?その境界線は地図上では理解できますが、現場に立つとどうも理解できません。衛星軌道上から視ると国境にラインを引いていないのと同じくその境界では連続した共生関係上で成り立った<場>があるからです。


 どうも考えれば考えるほど<ナントカ地域>は一般利用者に対する懲罰的な意味を持ったモノに思えてならないのです。弱者に対する強者(権力)の懲罰(私たちは弱者じゃない!)。この場で「白神山地」や「長野五輪滑降問題」を取り上げるつもりはありません。が、あまりにも<自然環境>とか<権利>の問題に表面的に関わっているメディアと私たちに「もう少し立ち止まって、ゆったり」と問いかけたいのです。「そんなに待てない、もう、そこまで来ているのだ」と云われるかもしれないが、そのまえにもう一度問いたい「それまで私たちは何をしてきたのか?」を。


 確かに、私たちも自然の営みを理解しないで(理解できないまでも理解しようと努力しない→ここにも問題有り!)勝手な人間の論理で行動しているのは否めない事実ではありますが・・・。先人が膨大な時間をかけ残した文化とか生活遺産なら少しでも理解できようと云うものです。同じ人間だから(と、思いたい)。


 かつて、アイヌ、サンカ、イヌイット、ネイティブアメリカンと呼ばれた人達は領土と云う思想が無かったと聞きます。そこで生きていくためにあらゆる物を与えてくれる大地とその精霊に感謝して生きていた。現代において、その<態度>と<いさぎの良さ>に快く感じる輩が「変人」と呼ばれる時代が終わりになることを私は期待したい。(もう一人の私:その時は退屈な世の中になっているかも?)


98/05/31「反省も込めて其の二」 に関連事項があります。


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