98/03/24この世は誰のもの?

 人には言葉というコミニュケーション手段が有ります。その手段をより有効にするために、忘れている事があるのでは?いろんな人々が住む世の中で、いろんな意見、宗教、人種、を乗り越えて有る真実・・・を忘れて自分の利益を前提に語るとき「この世は誰のもの?」と問いたい。


 コミニュケーション手段がある我々人間がこの世の最大の権利者と思い上がっていないだろうか?確かに私たちは数々のテクノロジーを駆使しこの時間空間においてガン細胞のごとく増殖し、破壊し、活動している。だからこそ、そのおかれている立場や、権利施行者に責任や義務が生じるのは当然の理ではないだろうか?(宿主が死ねばガン細胞も死ぬ。)


 私たちはそれを放棄し利益のみを享受するべきではない、と、考える。何も原始社会に帰れと云っているのでない。権利を主張する前に「この世は誰のもの?」を前提に責任と義務を果たすべきと考えるのです。


 いつも批判的、抽象的な話になり「”じねん”のHPは”字”ばっかりで、面白くない。」このような意見、参考になりありがたく思っていますが、このスタイルも「私というパーソナリティーの表現手段で、コミニュケーション伝達手段でもある」、と。


 インターネットの中での表現としては前時代的で陳腐的ではありますが、どうぞご勘弁下さい。


 さて、今回の話は。「スノーモービルで遊ぼう!」の「お叱りの声も」から始まった事から始まり。いま、話ししなければならないこと、いま始めなければならないこと、先送りに出来ないこと。・・・が・・・あるのでは?と考え、掲載したわけです。


 どうか、意見、感想、批判はここで掲載できるよう文面で下さい。人から聞いた話とか、電話、うわさ話の類は扱いに困り・・・よってこのような回りくどい前提や、まえ話が必要になってくるのです。・・・・・(独り言:私に的確なコミニュケーションが出来れば必要ないか?)


 問題提起。

1,スノーモービルに関する諸問題 : 98/03/20「なんたることか!」に提起。

2,情報公開に関して。
  2-1,岩魚。
    2-1-1,長笹川、白砂川で放流した状況の公開はけしからんとの意見。
    2-1-2,魚野川の情報は出して欲しくないとの意見。

3,上記1,2,に共通する具体的な詳細情報は公開するなとの意見。
  主旨は、「”じねん”のHPを見た不特定の者がそこに乗り込み乱獲したり場を荒らすと、今後その場で遊べなくなる。」


 いずれの意見にしても”正式文書等”が無く「俺はそんなこと一言も云っていないと」云われればそれまで。


 スノーモービルと同じく私のHPも疎まれているのです。誰も悪者にしたくないのですが、私はあまりにも力不足。多勢に無勢。抹殺。  この図式に心当たり有りませんか?


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