98/07/15「おやじ さようなら」で上信国境を歩いた際、登山道に散乱する遠慮のないゴミに怒りがこみ上がり、そのゴミの出所を知ったとき悲しみに変化していった。
そして、「何も身内の恥をさらすことはない」「事を荒立てることもない」と、ネガティブな感情が支配し、しばらく沈黙していました。
沈黙は卑屈な気分となり、ますます落ち込んで行きました。
しかし、その後も・・・・・。
少し話を整理してみよう。
1,上信国境の野反湖のカモシカ平(六合村)~志賀高原の赤石山(山ノ内町)の区間は昭和54年8月以降未整備で、縦走する人々を拒み続けていた。 2,カモシカ平~五三郎小屋間は六合村山岳会がボランティアで2年間整備し縦走路復活の要望をアピールした。 3,その後六合村、山ノ内町両町村で登山道整備の予算が成立、業者によって刈り払いが行われる事となった。 4,97年9月初旬、全線開通との連絡を受け、同18日、志賀高原側から入山し野反湖へ縦走し確認する。 |
以上が昨年までの経緯です。
そして今年の、六合村山岳会の夏山登山が同縦走路を歩くこととなり、その下調べで、7月15日に一人で歩いてきました。
その際、随所随所に捨てられているゴミの量、質、共に目に余るものがあり、そのゴミの内容からゴミの出所を確信した時、なんとも云えない悲しみに襲われ・・・。
悲しいことですが、ゴミを捨てていたのは、縦走路を復活させた業者自身であったのです。
縦走路は貴重な観光資源で、それを整備する事で飯を食う人達は感謝こそすれゴミで汚すとは・・・。
観光と飯とゴミがごちゃ混ぜになった現状にどうすればよいのか?
とりあえずは、7月25日に六合村山岳会で縦走する際にゴミを拾ってくることにしました。当時は1日中雨で参加者は私を含めて3人、大きめのザックを背負ってゴミを拾いながら歩いたのですが、水を含んだゴミは思いの外重く、結局大型のゴミ(ガソリン入りのペットボトル、ブルーシート、等)は登山者の目に付かない所に隠す他ありませんでした。
問題は、有償で請け負った刈り払い業者の出すゴミを、ボランティアが拾ってくる事では解決しない事。
さらに、業者を個人的に注意するのには同村であるが故に、感情が絡み後々のしこりとなって来ないかと懸念してしまう事。
また、この内容自体が、誹謗中傷と捉えられないかと危惧する事。(村で生きるには、この様な難しさがある)
しかし、Hayasiさんの縦走報告のメールにゴミに関する指摘もあり、この問題をナアナアで済まさないためにも思い切って掲示することにしました。
そして、まだ個人的な考えでありますが、今回の問題を六合村山岳会から村の観光協会に報告することで、改善出来るようにしたいと思っております。(他町村なら烈火の如く抗議するのですが、いかんせん尻の穴の小さな私ではこの程度)
追加事項、
8月12日、魚野川から帰ってくる途中、同縦走路のオッタテ峠で、新たにカップラーメンの容器が捨てられていた。状況判断だけでは数日前に刈り払いを行った業者とは結びつけられないが、限りなく黒に近い。(縦走者が尾根でカップラーメンを食べる?釣り人が水のない地点でカップラーメンを食べる?)ゴミを藪に投げ捨てて知らんぷりしても動物が拾ってくるのです。積雪時、自分の庭先の雪の中にゴミを埋める人がいますか?
一度失った信用は簡単には元に戻らない。また、私自身も綺語に走らないよう自戒しなければならない。
Date: Sat, 29 Aug 1998 From: Suda HPを拝見しました。このようなことはとても悲しいです。いろいろな事情があり、すぐには批判できないもどかしさがこちらにも伝わってきます。 こういうことは、外からも提起されてくると思います。ごみだらけの登山道と、すぐに他へ報告され広がってゆくでしょうから。マイナスイメージが広まる前に、村のすばやい対策を期待しています。