99/09/27破風岳、土鍋山

土鍋山と破風岳を毛無峠から望む
<毛無峠から望む>


 破風岳、土鍋山は共に標高1999m。今年の西暦と同じくし、しかも連座しており往復2時間で行って来られるお手軽な山である。


 破風岳から土鍋山への登山道は荒廃し全くのヤブ山と化していた。しかし、この西暦と同じ山に登るという試みが静かなブームのようで、多数の問い合わせや要望により、土鍋山への登山道が復活した。


 毛無峠には自宅から車で約1時間半。朝から取りかかっていた草刈り機の修理が思いの外早く終了したので、午後からこの二座に登ることにした。以下その記録である。


14:05 1823m 毛無峠出発。


 しばらくはなだらかな笹原の草原地帯。途中男性1名女性5名の中高年登山者の集団とすれ違う。毛無峠から見ると、この最初の登り上げは急に見えるが実はそれほどでもない。何故ならば、11ヶ所近いつづら折りの折り返しがあるからだ。実に快適である。


14:24 1960m 第一分岐通過。


 この分岐を便宜上第一分岐とする。この分岐には、「←土鍋山」と「破風岳→」の道標がある。


14:25 1970m 第二分岐通過。


 この分岐を便宜上第二分岐とする。この分岐には、「破風岳山頂」への道標しかない。


14:27 1999m 破風岳着。

破風岳山頂プレート
<破風岳山頂プレート>


 金属製のポールに真鍮製の真新しいプレートがあり、裏には「99年7月、須坂商工会議所青年部」とあるが、何故か足元には郵便受けが・・・。その隣には白い木製の杭が立っている。 こちらには「高山村制施40周年記念1999.9.9」とある。また、4m程離れたところにも木製の白い杭があるが、これには「破風岳1999.9.9.9人」とある。なんと、9が6個も続いている。この杭の裏や側面には登頂者の署名が所狭しと書き留められている。( 日本人と韓国人ほど落書きの好きな国民はいないのではないだろうか)

追加事項は99/10/10「暗い山行」へ。

 景観は北面が切り立っており眼下の景色が圧巻である。西方は雲が懸かり残念ながら須坂市しか展望が利かなかったが、晴れていれば北アルプスへの眺望が効くはずである。頂上は大勢の人に踏まれ10人位はゆっくりと休憩できそうである。


14:30 出発。


14:32 1970m 第二分岐通過。


 この分岐には土鍋山への道標がないが、水平道(南西方向)を進む。


14:33 1970m 第三分岐通過。


 この分岐を便宜上第三分岐とする。第二分岐から水平道を進むと約100mの所にこの第三分岐がある。ここには略図付きの須坂遭対協の白い看板があるが、略図が古く第二分岐から第三分岐の水平道の表記がない。しかも、第三分岐から第一分岐への下り登山道は距離は短いものの人の歩いた形跡が無く笹で覆われているので、始めてくる人は??と迷うところである。


 このあたりから登山道に水がしみ出し少々歩きづらい。また、酸性霧の影響か栂の立ち枯れも目立ちそれに伴う風倒木もあるが、登山道は概ね片付き歩くのには支障ない。


14:37 1985m 広い稜線のピーク(特徴無し)通過。


 ピークを過ぎると下り気味となっている。


14:38 1980m ゲート通過。


 左にTVアンテナを見、しばらく行くと木製のゲートがある。傍らには「放牧中、開放厳禁」とある。乳山牧場で放牧している牛が逃げ出さないための措置だが、五味池や土鍋山への道標も無く登山者を拒否しているようで気の弱い人ならここで引き返してしまうであろう。


14:42 1950m 五味池分岐通過。


 第一分岐からこの分岐まで土鍋山への道標が無く道標を頼りに歩く人々にとっては心細くなるところだ。


 土鍋山への真新しい登山道の脇には須坂遭対協の「遭難多発地域」の看板がデンと立っている。刈り払われて間もない道ではあるが良く踏まれ歩きやすく登山者の多さを物語っている。これよりしばらく鞍部を目指して下る。正面に土鍋山を確認する頃、古い黄色の看板(20×50cm)が目に留まる。かつて営林署が登山道を整備していた頃の看板であろう。


 赤字を理由に登山道(当時は巡視路と呼ばれていた)整備を放棄したおかげで古道が消滅した罪は誰が負うのだろう。


14:48 1910m 最低鞍部通過。


 小串鉱山跡がよく見える。三カ年計画で毛無峠から嬬恋村干俣まで車道を開ける予定であると聞いた。これにより鉱山跡が何らかの開発されることだろう。


14:51 1915m 「土鍋山あと20分ガンバロー」なる手書きの看板通過。


14:57 1970m 頂上直下通過。


 頂上直下、標高差15m付近はシャクナゲと岩場の悪場。悪場の区間も短く注意して歩けば特に問題なし。途中2ヶ所カモシカ道と旧道が交差しているが、共に道標があるため安心できる。


15:00 1999.4m 土鍋山到着。

土鍋山山頂プレート
<土鍋山山頂プレート>


 浦倉山方面へ道跡があるが三角点まででその先はない。一番高い地点には古い看板が栂の木に打ち付けられており日付は1972年と読みとれる。また、その木の根本には5×4cmの鉄製の古いプレートがマイナスビス4本で打ち付けられているが判読不明である。


 少し離れたところに新しい杭。その隣に破風岳山頂と同じ金属製のプレートがあり、同じく郵便受けも。遂に好奇心を抑えきれず郵便受けの中を覗く。中には一冊のノートが入っていた。「土鍋山登頂記録、ご自由にお書き下さい」とある。


 記録は1999年7月11日に始まり、「20世紀最後の環境事業として青年部活動に参加。50歳の記念に登頂、あいにくの天候であるが気分は最高」とある。50歳で青年部???いずこも同じか。最近では9月26日で終わっている。書き込みは私の趣味ではないのでそのまま郵便受けに戻す。


 山頂は広く平らであるが、笹が茂り展望も少なく休憩には適さない。土鍋山寄りの鞍部付近か破風岳山頂が休憩には適している。


15:08 出発。


15:18 1910m 最低鞍部通過。


15:24 1950m 五味池分岐通過。


 分岐直前の登山道に25cm角厚さ1.5cmビス穴3個の鉄板があった。何だろう?索道の部品か?


15:28 1980m ゲート通過。


 10年ほど前、毛無峠まで来た際、破風岳から2頭の牛が降りてきた。当時乳山牧場の存在を知らなかった私は不思議な光景に見とれていたことを覚えている。不思議であるが不自然と思えないほど周りの景色と牛がぴったりマッチしていたことを。


 しばらくすると、牧童が降りてきて事実を知ることとなった。牧童は牧場から逃げたと云うが、牛は逃げたのではなく旨い草を求めて降りてきたのだ。


15:32 1970m 第三分岐通過。


 本来ならば、ここから第一分岐に向かって降りていくのだが破風岳山頂のプレートの写真撮影を忘れていたので、もう一度破風岳山頂(第二分岐)へ進路をとる。


15:34 1970m 第二分岐通過。


 ここで一人の男性ハイカーと出会う。「土鍋山に行くのに例のゲートを通過しても良いのだろうか」と問いかけてくる。私は「他に道も無し、通過する際ゲートを元に戻せば問題ないはず。ここからだと往復一時間で行って来られるから是非行った方がよい」と進言する。やはりあのゲートがネックとなっているようだ。本日二度目の破風岳山頂を踏み写真撮影後、直ちに下る。


15:40 1970m 第二分岐通過。


15:41 1960m 第一分岐通過。


15:55 1823m 毛無峠着。


標準コースタイム。


 毛無峠-(25分)→破風岳-(35分)→土鍋山


 土鍋山-(35分)→破風岳-(20分)→毛無峠


追記:お手軽とはいえ2000級の山です。しっかりした防寒対策をとって下さい。また、<破風>、<毛無>と山名から想像出来るとおり風の強いところです。防風対策も万全に。

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