99/09/30毛無山、御飯岳

 前回(99/09/27)毛無峠を登った際、御飯岳へ続く真新しい刈り払い跡があった。時刻は5時を回っており登山道の状況を確認するには至らなかった。


 御飯岳(おめしだけ)への登山道も20年近く廃棄されていると聞いていたので、あの<真新しい刈り払い跡>が気になって仕方がない。山頂まで刈り払われたのか?見える範囲だけなのか?


 もうじっとしていられない。それに、破風岳-土鍋山のピストンだけではもの足りない。毛無峠を起点に<破風岳、土鍋山のピストン>と<毛無山、御飯岳のピストン>のダブルピストンが可能ならば、登山と呼べるにふさわしく、また、人にも紹介できるというものだ。


 ということで、毛無峠で早昼飯とし歩きだす。


 毛無山への登山口には道標も無ければ、山肌も所々大きくハゲていて明確な道はない。この<ハゲ>は自然に出来たものでなく、ブドウ採りが大勢はいるために出来たもので、<ハゲ>以外にも毛無山山頂まで<ブドウ採り>が付けた道が縦横にあり濃霧時には慎重に歩きたい。


 唯一目印となるのは、5基の廃棄された索道の支柱だけである。真ん中の支柱の脇を抜けていく。


 毛無山山頂にはプレートや表示板の類はなく高さ1mくらいのケルンがあるだけである。木もハイマツより高いものはなく、足元には一面ガンコウラン。他には白根ブドウ、コケモモ、シラタマも生えているが、圧倒的にガンコウランが優勢だ。


 かつて、毛無峠もガンコウランが一面に生え、緑の絨毯のようであったと聞いたが、現在は車が入り大勢の人に踏まれ表土も流れ見る影もない。


 御飯岳へは北側から鞍部に降り、牧草と笹の混成した草原地帯を抜け再び登りとなる。少し登りあげた肩の部分では畳4枚分くらい笹が刈り込まれている。


 ここからは植生が一変し樹林帯となる。強風地帯を抜けた証だ。樹林帯を抜け、背の高い笹地帯を抜けると再び背の低い樹林帯となる。


 ここで道が二手に分かれている。標高2025m付近だ。一方は下り気味で地形図にも載っていない。砂防工事関係の道であろう。迷わず登り気味の道に進路をとる。


 しばらく平坦な道となる。目印のテープが数多くあり、ヤブ山時に大勢の登山者があったと推測できる。


 登り気味となったところで再び広く刈り払われた所に出る。歩き始めて1時間たったところで絶好の休憩ポイントだ。


 背の高い笹地帯を抜けると急登となるが、トウグワでキックステップの要領で掘ってあるので登りやすい。5m程下って再び登りあげるが、山頂が近いせいか心なし刈りが荒い。


 大きな岩を2つ乗ッ越し平坦な道をしばらく行くと御飯岳山頂だ。


 山頂には1枚のプレートのみで、三角点を中心に畳10畳ほどが刈り込まれている。晴れているのは万座方面だけで、万座スキー場、白根、元白根が見えるのみである。


 老ノ倉峠方面への道は完全消滅でヤブと化している。


 南側の一部が刈り込まれていて、少し降りたところが展望が利きそうである。


 一瞬であったが、破風岳、土鍋山、四阿山、毛無峠が確認できた。景観申し分なし。カメラに収めようと20分程粘ったが樋沢川から次から次へと雲が登って来る。そのうち一面ガスとなりあきらめて下ることにした。


 登山道は幅60cm程で足元は踏む幅しか刈り込んでいない。つまりVカットしているのだ。登山者が少ない登山道ではこの様な刈り方が最良と思われる。踏み場を一定化することで、登山道の保全化に貢献するからだ。


 登り初めは風が少し強いものの長野県側だけ展望が利かないだけであったが、帰路毛無山を通過する頃には視界10mくらいで小石が飛ぶくらいの強風となっていた。


 最後に。ここは特に天候の変わりやすい地形だということを肝に銘じて楽しんでもらいたい。


標準コースタイム。


 毛無峠-(20分)→毛無山-(1:20分)→御飯岳


 御飯岳-(60分)→毛無山-(15分)→毛無峠


 


追記:山名に関して新事実が判明しました。西暦山?となっている<破風岳> には2つの名前と標高があるそうです。


  毛無峠から見ると<破風岳>はミミズクの頭状で、右(北綾)に見える頭が<破風>で、左(南陵)の頭が<破風>だそうです。(うーん奥が深い!・・・だから面白 い!)


 しかも、実測では北稜の<破風>標高は1990mで、(注:1999mではない)南陵の<破風>標高は2006mだそうである。これに関しては???です。


 山名、地名等は地域性、時代性のそれぞれの特色があり、突き詰めていくとそれなりの意味があり尊重していきたい・・・・・が、にわか売名行為は論外(一生かけろ!)


  私は地形図重視の山歩貧乏人。(乞食じゃありませんョ。念のため)道標、表示板、の類に随分意地悪されましたが、恨んでいません。(その時代では正確であったり、沢のように右と左岸が見る方向で違ったり・・・で、それなりに面白い)。


 それよりも、作業道、巡視路、いわゆる一般登山者は進入禁止となっている<作業道>と<登山道>がいつの間にかごちゃ混ぜになってしまった現状がおかしいんじゃないかな?


Date: Thu, 11 Nov 1999 From: Koyama   山行記 四阿山系  毛無山,御飯岳拝見いたしました。西暦高度の山ということで,破風岳,土鍋山が注目され大勢の人が訪れました。私は,旧小串鉱山で育ち,小串中学校を卒業しました。生まれ育った故郷でもあることや,周りの景色が異様なくらいな素晴らしさを魅力を感じています。特に今年は破風岳の絵画を描いておりました。毛無峠から登った山を小串では「坊主山」といっていました。御飯岳までは,春スキーでないと行けないと思っていました(関係書物でもそう記されています)。高山植物も採り放題の感もあります。記事の中で毛無峠から嬬恋村へ抜ける道が開発されるように記されていましたが,全く一部の構想だけのようです。ご存じのように,小串鉱山跡はまるで廃墟と砂漠です。鉱滓は雨水で下流の河川や森林を破壊しています(勿論酸性水でもあります)。小中学校は壊したままで,放置されています。下流へ大きなダムの建設が計画されているようですが,その上流の現状を知ってほしいですね。中之条町のMSさんは,自費で植林をしています。すばらしい景観を楽しんでもらうと同時に,小串鉱山跡の現状に疑問を持ってほしいと思っている者です。産業遺産を元の自然に戻すことも私達の役割だと思っております。

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